Webコラム

『愛国の告白』トーク 9:
金平茂紀さん

2022年12月3日
新宿 K's Cinema アフタートークより

金平茂紀さん:ジャーナリストTBS報道局記、早稲田大学大学院客員教授。TBSのモスクワ支局長、ワシントン支局長、「筑紫哲也NEWS23」編集長、「報道特集」キャスターなど。著書に「漂流キャスター日誌」「筑紫哲也『NEWS23』とその時代」など多数。

『愛国と告白』公式サイト

ウクライナとパレスチナ

(土井敏邦)金平さんと私は同じ1953年生まれです。同世代のジャーナリストとして、日本のジャーナリズムのトップランナーの一人、金平さんに私はずっと刺激を受けてきました。「報道特集」を毎週欠かさず録画し、金平さんの活躍を観ると、「同世代の金平さんがあんなに活躍しているのに、お前は何をしているんだ!」と自分を叱咤激励する、そんな存在でした。
金平さんが9月末にTBS「報道特集」のメインキャスターを降板されるとき、そのことをFBにコラム「ジャーナリスト・金平茂紀という存在」に書いています。
 パレスチナのヨルダン川西岸、ガザ地区、東エルサレムがイスラエル軍に占領されて50年目に当たる2017年に、イスラエルの著名なジャーナリスト、アミラ・ハス氏を日本に招聘しました。ハス氏はイスラエルを代表する日刊紙「ハアレツ」の「占領地特派員」としてパレスチナ人地区に住み込み、占領の実態を報道し続ける世界的に有名な記者で、私が最も尊敬するジャーナリストの一人です。
 「ジャーナリズム」に関するシンポジウムで、ハス氏の対談相手としてお願いしたのは、金平さんでした。私のドキュメンタリー映画『アミラ・ハス』の中に二人の対談を収録しています。
 ご多忙な金平さんにダメ元で、私の映画についてのコラム執筆を依頼したところ、引き受けてくださり、ウクライナ取材の現場から記事を送ってくださいました。それは映画パンフレットに収録しています。

(土井)この映画をご覧になった感想、そして今の日本で、この映画を見せる意味をどうお考えですか?

(金平茂紀さん)このコラムを書いた時には、ウクライナに取材に行っていたんですよ。ウクライナから出てルーマニアに陸路で入り、寒い中、6時間半並んでようやく出て、ほっとした時に、「あれは何だったんだ」と考えた時に、この映画のことを考えていたんです。
 国際世論にロシアが「侵略戦争だ」と叩かれまくっている時に、なぜパレスチナ人に対して同じことをやっているイスラエルに対して国際非難が起きないんだろう。映画の中にも明々白々に出てきます。真夜中、急にイスラエル兵が民家に来て、「起きろ!」と子どもまで叩き起こす。あんなことをずっとやっているわけじゃないですか、「入植」と称して。
 それはロシアが2014年に東部のルガンスク州とドネツク州に「入植」し、親ロシア系の人たちが多く住んでいるところに親ロシア傀儡政権を作って、侵攻直前の2022年の2月22日に、プーチンが東部のあの2州の独立を承認する大統領令に署名した。あれは同じことをやっているじゃないですか、イスラエルと。ウクライナ人とパレスチナ人を同じようなかたちで見ることができないという理不尽さ。
 僕はモスクワに4年ぐらい住んでいたものですから、ロシア人の思考様式、今だに独ソ戦争で、ナチスドイツを破ったことが彼らのアイデンティティのかなり大きな部分を占めているような思考様式がわかります。

 もう9カ月が過ぎたこのウクライナ戦争の経緯がどうなるか。今は日本人はウクライナに飽きて、ワールドカップで現(うつつ)を抜かしていますが、今日はワールドカップと重ならなくてよかったですね(笑い)。
 一方で、ウクライナ大統領のゼレンスキーがイスラエルに軍事支援を求めている。これはどういう関係なんだと思うんですよ。自分たちがやられているのと同じことをしているところに軍事支援を頼む。ゼレンスギー自身がユダヤ人ですから、イスラエルへの一定の理解があるんでしょうけど、ウクライナ戦争のように、紛れもない侵略戦争が起きた時に、イスラエルまで支援を頼むか。
イスラエルとロシアも微妙な関係にある。ロシアに住んでいる時に、ロシア語でユダヤ人のことを「イブレイ」というけど、ユダヤ人に対してもっているものすごい偏見を日常的に見ていたものだから、それが今のような展開になるというのは、頭の中がグチャグチャになるような気持ちです。

冷戦の最終章

(金平さん)『愛国の告白』というのは微妙なタイトルですよね。自分たちの郷土に住んでいる人たちを同胞として愛したりする、そういう関係の持ち方が自然だと思っているから、僕は「愛国」という言葉は正直言うとあまり好きではない。「国民国家」という考え方が、ウクライナ戦争では問われていると思う。ああいう戦争をしかけたロシア、ものを統合する国民国家って一体何なんだ、そういうことをずっと考え続けています。ウクライナは今、ナショナリズムとパトリアティズムの固まりですよ、侵略されたという理由でね。
 それを見ているときに、「嫌なことが起きているなあ」と。日本人にとってはものすごく物語としてはわかりやすい方向へどんどん行ってしまって、パレスチナのことは全然忘れてしまっているというような。

 僕はパレスチナに対する理解は土井さんに比べれば全くないですよ。土井さんのパレスチナに対する執念に似たような、ずっと追っている姿勢には敬意を表したいです。
 パレスチナで起きていることは、目の前で起きている紛れもない侵略=不正義ですよね。そんなことを黙って見ているということで言うと、ウクライナでロシアがやっていることと同じことをやっているんですから。それをずっと取材されているのをずいぶん長い間、僕は見てきているものですから。その人から依頼が来たときには、ウクライナの戦争が始まって、これはお断りすることはできないなと思いましたよ。今起きている戦争の意味を考える上で、これはお引き受けしなければいけないなあと思ったんです。

 あの中で当事者たち、実際に侵略に関わった、あるいは植民地建設、入植というか、そこに関わった人たちが、「自分たちがやっていることはほんとうに大丈夫なのか」と考えて、「沈黙を破る」という運動を始めたわけですよね。
 おそらくあのような運動は、ロシア国内でこれから徐々に広がっていくと思いますよ。僕は、次の大統領選挙がある2024年にプーチンが生き残る可能性は、皆さんが考えている以上に少ないんじゃないかと思っているんですよ。ロシア人はバカじゃないですから、目覚めていますよ。誰も人殺しなんてしたくないですよ、ほんとうは。ましてやウクライナは自分たちの兄弟国だったわけですから。

 僕はソ連の時代にウクライナに行ったことがあるんです。僕がモスクワに住んで、モスクワ特派員の仕事をしていた時に、支局で働いていた、右腕だった人はロシア人ではなく、ウクライナ人でした。だからウクライナのことをものすごく愛して、ウクライナの自慢ばっかりしていましたよ。彼の故郷、片田舎に行って寝泊まりした記憶があります。そんな兄弟同士のような国が、なぜこんな殺し合いをしなければいけないのか。
 これは大きな流れの意味でいう「冷戦の最終章」だと思います。一瞬ではなく、長い長い時間をかけて、今その最終章を迎えているんじゃないかなあと。その冷戦の終わりというようなプロセスが30年かかっている。
 これはフランスの思想家、ジャック・アタリが言っていたんですけど、「今起きていることは冷戦終結の最終章だ」と。僕はその観方に非常に同意するところが多い。
 今ものすごくカオスの状態ですよね。これからどうなるかわからないような。日本はカオスどころか、統治能力を失っているような話になっている。こんなひどいことが起きているにも関わらず、僕らはワールドカップに熱狂しているわけですから。ひどいと思いますよ。

 例えば、与那国島に自衛隊が戦闘車を走らせて、住民に対して、「尖閣有事、台湾有事であの島が危険になった時に、お前らは留まるか、逃げるか」みたいな住民の意向調査をこれからやると言っているんですよ。
 そんな状態になっていて、それを報じたのは沖縄のNHKですよ。短いニュースです。こんな大事なニュースは知らされていなくて、30分のニュース番組の中で、ワールドカップは10分ぐらいやる。異常なことですよ。でもそれが現実に起きていることです。
 僕らがほんとうに考えなければならないのは、「沈黙を破る」で証言をした人たちとつながること。ロシアのモスクワとか、いろんな地域でほんとうは嫌だけど、声を上げられず、いざという時期を待っている人たちとつながることだと僕は思いますね。

なぜ日本人が危険地を取材すべきなのか

(土井)仲間のジャーナリストたちと「危険地報道を考えるジャーナリストの会」を立ち上げ、活動していますが、よく言われるのは「そんな危険なところに日本人のジャーナリストがわざわざ行かなくても、BBCやCNNの報道を見れば済むことではないか」という声をよく聞きます。金平さんはどう思われますか?

(金平さん)戦争になったら、戦争当事国というのは「自国が勝つための報道」になってしまうんですよ。ウクライナ公共放送だって、「がんばれウクライナ軍」とか「ウクライナは一つだ」のようなPRビデオをがんがん流していますよ。ゼレンスキーはテレビを相手にせずに、いきなりSNSで発するわけです。だからこの前のポーランドへのミサイル攻撃のミスリーディングのようなことをやってしまう。そういうことを第三国である僕らとしては、「自国が勝つための報道」に加わらないためには自分たちの眼で見なければいけないわけですよ、僕らの眼で。

 ところがNHKなどはとっと現場から逃げたわけですよ。あの時キーウにいたチームで最後まで残っていたのは朝日新聞とTBSだったんですけど、最後は行き先のわからない列車に乗ってリビウ(ウクライナ西部の街)に逃げたんですけど、それまではとどまっていた。ところが一番逃げ足が速かったのはNHKで、局内でお触れがあって「国外に出ろ」と言っているんです。リビウどころではないですよ。その後に取材に入っていいということになったんですけど。しかしウクライナ国内で宿泊してはいけない、と。国境を越えることの方がよっぽど危ないですよ。ところがいるんですよ、そういう現場知らずの上がいるわけですよ。そういうのが偉くなっていくわけです。

 僕は現場にいる連中を信じている。信じたいと思っている。土井さんも同じだと思うんですけど。危険地報道で、危ないから行くな、自己責任論も出てくる。危険な現地へ行ったジャーナリストは、みんな叩かれましたけど。

 シリアで殺害された後藤健二さんだって、きわめて冷徹な見方をすれば、見殺しにしたじゃないですか。安倍政権が殺したようなもんですよ、あれ。本当に申し訳ないですけど。こういうことは言いたくないですけど。あの時の(安倍政権の)後藤さんに対しての対処はほんとうにひどかったですよ。
 そういう時に現地の取材の経験豊富な日本の数少ないジャーナリストたちが「危険地報道を考えるジャーナリストの会」で声明を出した。僕はすごく貴重な動きだったと思っています。
 僕は組織には属しているけど、現場にいる人間同士がそういうところでつながらないと。今はなかなか日本の企業メディアもウクライナに入らなくなりました。フリーランスに任せるとか、そしていいところだけ取っちゃうとか。そういうやり方は汚いですよね。

 僕はBBCは凄いと思います。あのリス・ドウセット(Lyse Doucet)という女性記者はアフガンでもウクライナでも一番乗りしたし、帰らない。本国のBBCが「帰れ」と言っても帰らない。僕は見上げたもんだと思っていて、BBCの報道を観ていて、日本のメディアがなぜこんなに腰抜けになっちゃったのかなあと思います。ウクライナの戦況を読売支局のワシントン支局の記者が書いているのをみました。馬鹿みたいな話じゃないですか。なにやってるんだと。堂々とクレジット入りで書いているわけですよね。大本営発表の時代に逆戻りしているような。

 こういう映画(『愛国の告白』)を観て、自分ごととして考えるには自分の足元で起きていることと結びつけて考える想像力が必要なのに、それが徐々に徐々に失われているから、「ひろゆき」(注・沖縄・辺野古の新基地建設に反対する市民の座り込みを揶揄したユーチューバー)みたいなのが出てくるんじゃないですか。無知と無関心が、今のこの国で最も恐ろしいものだと僕は思っています。その意味でこの『愛国の告白』を是非ともみていただきたいと思っています。

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